📡 聖殿情報

安重根「爲國獻身軍人本分(위국헌신군인본분)」1910年3月26日死刑執行日

●佐藤顕会長「鐵杖祝祭帰國報告」2019.10.20


●帰国報告…写真説明(日本語, 22分)


●佐藤会長説教「確実に一歩一歩勝利される二代王」(日本語, 18分)


時:2019年10月20日日曜日
場:日曜礼拝説教
所:山口聖殿


皆さん、鐵杖(てつじょう)祝祭に参加してよかったですか?参加できなかった人は来年もあると思います。


この1014の鐵杖祝祭は、御父様の興南(フンナム)硫安工場からの解放、これを記念して作られた記念日の集会でありました。


本当に準備も何もできないような状況がずっと続いていた聞いております。果たして鐵杖祝祭になるんだろうかというくらいの状況があったと。トイレ、あるいはステージ、何も準備されていない状況だった。ところが二日前から突貫工事のようにしてあの会場が設定され準備されて行った。もちろん、いろんな準備はしてこられたんだろうと思いますけれども、そういう中で行われた今回の鐵杖祝祭でした。


初めに聞いていたのは二千人あるいは三千人の人々が殺到してくるだろうと聞いていたんですね。その割には外の人のアメリカ人の参加がそんなに目立ったほど多くはなかったというそういう印象は実はありました。反対派の人たちがあの会場の周辺でデモをするという情報も入っておりました。ですから主催する立場においては、相当の緊張の中で迎えた鐵杖祝祭ではなかったかなと思います。


アメリカの多くの人達が参加するようには見えないような中で、迷彩服を着たようパーカーを着た日本の食口、あるいは韓国の食口が圧倒的多数を占めてうろうろしているといったような状況が、この鐵杖祝祭の現実的な状況でした。


それだけ見ると、非常に成功したのかどうなのかなということを考えてしまうような状況もあったかなと思うんですけれども、あのステージに登壇して、銃規制に対して反対しながら自由に対する必要性、そして愛国精神を訴えるそういうメッセージ、そういう基調講演を語る人たちのそのスピーチの一つ一つは実に重要なスピーチを私達に語って下さっていたことは間違いないだろうというある種の霊的な迫力に溢れるようなそのようなものがありました。


12日の日のオープニング セレモニーにおいて二代王様が語られたスピーチ、このスピーチは重要なメッセージを二代王様が話しておられたように感じました。


実は、私達の家にジョージさんというその鐵杖祝祭の会場メインスタッフを担当していた人が私達の館に住んでおられました。そこを借宿としながら鐵杖祝祭の準備をしておられたんですけれども、私が日本に帰ってくる15日の朝、「どうでしたか」と私が聞くと、その方の奥さんは日本人の方なのでその方の言葉を訳して私達に伝えて下さったんですけれども、「今回の鐵杖祝祭は大成功であった」と語っておられました。


「アメリカの各界各層の人々から、『ショーン ムーンが考えておられるその考えに共感する』という、そのような共感の嵐の電話がどんどんどん入っている」というんですね。「殺到している」そういうメッセージを私に伝えてくださいましたね。


実はですね、アメリカの人達、この自由を愛する人達、あるいはアメリカの国を愛する人たちがとても多くの悩みと葛藤の中にあったというわけですね。「銃を規制しなければいけない」、という風な世論がどんどんどんどん出てくる、そして周りを見ても、銃を持っていると何か犯罪人であるかのような、悪人であるかのような、そういう目で見られる退役軍人、そしてベトナム戦争とかあるいはいろんな最近のいろんなアフガニスタンの戦争とかイラクの戦争とか戦争に行って帰ってきた人たちも、「お前は人を殺した犯罪人なのか」という風ないろんな目で見られるような、銃を持っていることが罪であるかのように見られている人達が、今回の亨進様のこのメッセージを持って、とっても復活したらしいんですね、復活して喜びを感じるようになったと。


それで、「自分たちが銃を持ちながらアメリカを愛しそして神の世界を作るために戦ってきたこと、そして戦っていること、それ自体が間違いではなかった」というですね、何て言うんでしょう、正当性と言いますかエネルギーと言いますかそういう力を彼らは受けることができるようになったというわけです。


そういう意味において、亨進二代王様が勇気を持って銃の必要性、銃を持つことが罪は罪でも何でもなくて、むしろ神様の願いであり神の理想がそこにあるということを強く実感することができる重要なそのようなメッセージであったということに対して、深い感謝の思い、感謝のメッセージをどんどん寄せてこられるようになったと言うんですね。


それで(会場に)来ている人達、警察の人達も来ているし、ガードマンの人達も来てるし、シークレットのサービスの人達も来ている、その人達がですね、皆、二代王様のメッセージや國進ニムのメッセージを聞いているというわけですね。


で、王様はおっしゃったそうです。「どこに誰に、誰の心の中にこの種、鐵杖王国理想の種がまかれるか分からない。あるいはそこに来ているガードマン達かも知れない、警察かも知れない、シークレットサービスかも知れない、そういう風な人達でも、『あっ、亨進二代王様の言葉は正しい』と、『あのメッセージこそ我々が求めていたメッセージである」という、そういう強い強い力を持つことができるような大きな材料になった」と言うんですね。


で、亨進二代王様をおっしゃったそうです。「火は灯(とも)された」、「鐵杖王国の日は完全に灯されたんだ」、「後は灯された日は拡大していくだけである」と、「どんどんどんどん拡大していくだけで、その火がいずれ燎原の火のごとくなってアメリカはもとより全世界を覆い尽くしていくのが神様の願いであり、神様の理想である、そのような時代は必ず来る」と言う風に二代王様が確信を持たれたと言うんですね。


ですからそういう意味においては、「この大会は大成功であった」と言えるんだとおっしゃってくださいました。それを聞いた時ですね、本当に私はうれしかったんですね。大成功だったんだ、二代王様が喜ばれたんだということです。


最後、13日の日にはアメリカの祝日でもあったせいか、たくさんの人々、アメリカ人の人達も会場に多くの人たちが参加してやって来てくださいました。そういったような中で、この鐵杖祝祭は成功のまま終わったと考えることが思います。


そのような意味において、鐵杖祝祭を通過することを通して、善悪交叉の一点においてですね、善主権が悪主権の上に立って、その哲学、その世界観、その思想を視聴することができる新しい時代が来た…という風に語ることができるだろうと思います。


おそらく鐵杖祝祭を行うにおいては、亨進二代王様が命懸けだったと思います。この銃という世界は本当に深刻な世界です。こういう小さい中でも、一発、人に向けて発射をすればその人の命を奪い去ることができるくらいの強力な火器であり、武器です。


この銃という物を取り扱うということは私達に何が求められるかというと完全に自己主管能力が問われます。自分自身をコントロールし主管する能力が本当に問われるんですね。銃というものを扱うということ自体が何かと言うと自分の命だけではありません、人の命と直接関わる、そういう状況が発生していくわけです。


ですから今回、銃をいくらでも撃つことができるという会場がありました。ある日本人の人が、ピストルをおばあさんか誰か日本人の人がピストルをこうやって打ちました。試射しました。試射した後ですね、そのインストラクターさんの方にピストルを返そうと思ってこうやってトリガーに指を引いたままこうやって、「はい、返します」と言って返したそうなんです。その瞬間、インストラクターはその人の手をパーンとたたき落としたという事です。


インストラクターに向けてトリガーに指を入れたまま返すというしぐさは、驚くべきしぐさなんですね。それはしてはならないしぐさです。ですから、インストラクター直ちに手をたたき落としたいう風に言われています。


ですから、銃を取り扱うということは本当に真剣である、深刻であるということを私達は考えて行かなければなりません。完全な高度な自己主管能力が問われるわけです。この高度な自己主管能力を問われるその技をアメリカの人達は銃を持ちながらやって来ているわけです。


銃だけではありません。包丁を一つにしてみても、包丁の取り扱い一つを間違えれば、人を殺傷することだってできます。あるいは車のハンドルさばき一つが間違えば人を殺傷することもできます。すべて何かと言うと自己主管です。自分自身をいかにコントロールすることができるかどうか問われてくる、そういう内容があるわけです。


統一原理を教えの中に個性完成、家庭完成、万物主管という言葉がありますけども、この万物を主管するにおいて最強の武器でもあるのが、この銃の世界であるという観点で考えた時に、銃をコントロールするということは何かというと、限りなく神様の創造目的に近づいていく我々の信仰の路程において不可欠の要素を持つだろう、と語ることが出来るわけです。


そしてそういう道をアメリカのプロテスタント系クリスチャン達はそういう風な道を歩んでまいりました。全世界の警察として、自分の命を犠牲にして世界の平和のために戦ってきた者たちが苦悩していた、実は。自分たちの行動は果たして正しかったのかどうだったのかと苦悩していた、そういう風な人たちに、初めて亨進二代王様が、正当性の原理を教えて行かれた、と語ることができたのでありそれが、神様の御旨でありイエス様ご自身の御旨でもあるということを亨進二代王様は明らかにして行かれました。


そのような意味においては、「大成功であった」と言われた今回の鐵杖祝祭であったという事を皆さんに伝えておきたいと思います。


その背後においては、皆さんの、参加できなかった人も含めて、私達一人一人の信仰の集積が今回の鐵杖祝祭の勝利をもたらした要因であったに違いないと思って、皆さんに限りない拍手をお捧げいたします。本当にありがとうございました。


こうやって、亨進二代王様は着々と勝利して行かれています。確実に一歩一歩踏みながら勝利して行かれる二代王様、そして三代王権であられるなと思いますので、私達もこれからさらなる決意を持って新しい歩みを出発していきたいものであるとそのように思います。本当にありがとうございました。